交流・協力

desert-neimenggu.jpg
黄土高原生態文化回復研究センター(CREC)は大学・研究機関をはじめ様々な組織・個人との
積極的な交流により、黄土高原における生態文化回復活動の実践に取り組んでいる。


また、当研究センターに関連する(全てまたは一部の)プロジェクトは今までに以下の助成団体・個人から協力をいただいている。記して感謝します。

  • 三菱銀行国際財団
  • 平和中島財団

廟会

(写真・原稿待ち。)

廟会とは、中国伝統宗教の寺社である廟の運営を担う人々の組織である。

廟会による植林活動が一つの大きな活動になっている。

黄土高原国際民間緑色文化ネットワークの一員として積極的に活動しているのは以下の廟会がある。

  • 榆阳区黑龙潭山地树木园
  • 榆阳区黑龙潭山地树木园榆阳区
  • 榆阳区卧云山植物园
  • 榆阳区卧云山植物园
  • 永兴寺
  • 横山县响水乡九菜沟卧龙山永兴寺又名鲍寺庙
  • 青风寺
  • 法云寺
  • 五海龙王庙
  • 三宫庙
  • 金元山庙
  • 野毛山庙
  • 娘娘庙
  • 庙山会
  • 雷音寺
  • 石营寺
  • 横山县白界乡陈家沟
  • 关吕东庙
  • 游云山祖师庙
  • 城皇庙娘娘庙
  • 庙山会
  • 游云山祖师庙
  • 石佛寺
  • 雷音寺
  • 石营寺
  • 游云山祖师庙
  • 城皇庙、娘娘庙
  • 关吕东庙
  • 横山县白界乡陈家沟
  • 金云山
  • 喇嘛庙
  • 米家寨
  • 金云山庙会
  • 沙沙墩庙会
  • 古庙梁庙会
  • 七佛庙
  • 安山寺
  • 老爷庙
  • 石崖府巫城
  • 西房境(尤家湾)庙会
  • 石岩寺安山寺
  • 班禅庙
  • 青云寺
  • 无量寺
  • 勉励庙
  • 改改庙
  • 神木县瑶镇乡马场梁普汉改
  • 黄龙庙会
  • 万佛洞
  • 大佛寺
  • 营龙庙会
  • 大佛寺
  • 玉皇庙
  • 兴隆寺
  • 抗庄庙会
  • 小滩庙会
  • 赵庄庙会
  • 改改庙会
  • 本老年庙


(作成中)

<地図を貼り付ける。>


朱序弼

我々が「朱さん」と呼ぶ朱序弼(Zhu XuBi)氏は、楡林に暮らす植林技師である。
彼は中国の基本的な文化資源である廟に着目し、その廟を管理する廟会のメンバーを中心とした廟会単位の植林活動を積極的に推進し、多大な成果を収めている。


黄土高原国際民間緑色ネットワークと朱さん

LaoZhu1

 数年前から楡林で活動をはじめている「黄土高原国際民間緑色ネットワーク」は、現地で五〇年以上にわたって植林活動を行ってきた植林技師朱序弼(しゅじょひつ)さん、それに陝北北部の各地に点在する「廟会」のネットワークと協力して立ち上げたものです。活動の実態は年に数回「開会」と称して、廟会の関係者に声をかけ、朱さんが植林技術指導を行ったり、苗木や種を配ったり、というもので、朱さんがこれまで培ってきた人々のつながりや信頼に「国際」や「民間」といった名前をつけて、活動を目に見える形にしただけ、ともいえます。

 現在七〇過ぎの朱さん(写真)は鎮川鎮の寒村に生まれ。家が貧しく小学校も卒業していませんが、五〇年代から砂漠緑化の最前線で植林活動に従事し、徐々に独自の技術を習得してきました。猛烈な砂嵐の吹き荒れる中、砂漠に小屋がけして植林をおこなった当時の木が、現在は立派な林となって楡林周辺に緑陰をつくっています。そうした現場を案内する朱さんは、一本一本の木に強い思い入れとつながりを感じている様子でした。

 朱さんは乾燥地帯に強い現地の樹種を、大興安嶺などから持ち込んだ障子松などの常緑針葉樹と接木する技術で一躍有名になり、楡林地区の緑化に多大な貢献をしました。現在も市街地に植えられる多くの木々が、朱さんの技術によって活着し、多くの学生や林業関係者が朱さんのもとを訪れ、接木の技術を学んでいます。


 朱さんについて特筆すべきは、その思想と活動の独自性です。いつも、タバコで穴のあいたぼろぼろの人民服をきて、人民帽をかぶり、すべては、人のために、「延安精神」をしばしば口にし、生涯かけて実践中。朱さんの言葉に「植樹造林、不怕没銭、只怕没人」というものがあります。現在楡林地区では、植林ビジネスと呼べるくらい、植林や苗木の提供が利権化され、さまざまな経費が下りてきて大規模に行われるプロジェクト型植林が横行しています。しかし、そうした公共事業型植林は、形式的には何十万本といった苗木が配られたり、多大な労働力を投入して植林されたりするのですが、活着率は低く、数年内にうやむやになったり切り倒されたりすることが多く、非常に効率が悪い。それに対して、朱さんが注目するのは、人々が言われなくてもやってしまう植林、あるいは人々によって積極的に守られる植林の大切さです。それが陝北の人が熱中する「廟会」という装置に注目した「廟会植林」です。

 実はこの発想を朱さんは五〇年代当初から持っており、その頃一度楡林近くの青雲寺で実践を試みたことがあります。その後文革などで「廟会」が迷信活動とされてこの試みは二〇年近く中断することとなります。「廟会」活動の復活が再び許可されたのは一九八〇年代の改革開放期に入ってから。生まれ故郷の鎮川鎮に程近い「黒龍潭」がいち早く活動を始め、人々の注目を集めているのを知った朱さんは、自ら名乗り出て、二〇年前に実現できなかった夢を語った。これが中国初の農民NGOによる植林とされる「黒龍潭」廟会植林の始まりでした。

LaoZhu2

 その後朱さんは十年以上にわたって、「黒龍潭民弁山地樹木園」に弟子の劉さんとともに力を注ぎましたが、その後、「一つの黒龍潭だけでなく、十も二十もの黒龍潭を作りたい」とネットワークの設立に奔走。現在では、その活動が地元政府によっても認められ、二〇〇五年の春節には、楡林の書記周一波が朱さんの自宅を訪れ、以来、地元のテレビや新聞で朱さんの活動が報道されない日はないというほどの注目を浴びるようになりました。朱さんは、「私は何も怖れない、群衆(人々)が支持してくれるから」と休むことなく活動している。そんな朱さんや朱さんを慕って集まる人々の活動を少しでも外の世界に知らせ、彼ら自身にも誇りをもってもらいたい、というのがこのネットワークの趣旨なのです。

(深尾葉子 大阪外国語大学)