生活環境

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日進月歩の変化を遂げている生活環境。
農村と都市部ではその様子は大きく異なる。

楡林市街のような都市部ではいまや日本で暮らすそれと大して変わらなくなっている。電気・ガス・水道が整備され、インターネット回線も自由にひくことができる。デパートが次々に開店し、街中を歩く人々はファッションを楽しんでいる。ゴミが散乱していたり、不衛生な面もまだ見られるが、街中では清掃員がいたるところで街路を掃いている。市街地は人により管理され、人の手により日々変化し続けている。

一方、農村の変化は楡林の市街地などに比べると無いに等しい。春になると種をまき、秋に農作物の収穫を行う。季節や天気によって生活リズムを生み出す農村の暮らしは、農業がもっているその本質――人間と自然の対話――を昔から現代にいたるまで保ち続けている。


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皆さんが抱く黄土高原は樹木がとぼしく、むき出しの黄土が続く、荒涼とした文字通りの黄色い大地だろうか。そのイメージは間違っていない。確かに緑は少ない。そして年間降水量は400ミリ程度で、ほとんどの農民は雨水に依存する不安定な農業に従事している。遅かれ早かれ都市部でも増え続ける水の需要に供給も逼迫することも確実視されている。また、年間所得は一人一万円に満たず、国家級の貧困県に指定されているところも多い。このように、黄土高原は多くの人がイメージする「豊かな」生活環境では決して無い。しかし、この地に暮らす人々はより良い生活環境を目指して日々改善を進めている。
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私たちはここでその一端を紹介していきたい。

(近日投稿予定)


  • ヤオトンの進化

  • メタンガス燃料装置

  • ゴミについて

  • ひまわりの種

  • 風力発電

自然環境

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春の黄砂飛来に代表されるように、黄土高原の自然環境の特徴は何よりその土壌性質に見ることができる。粒子の細かい粉状の黄砂は風に簡単に吹き飛ばされ、水を含むと粘土化する。土壌内いたるところに空洞があり、それが引き金になって頻繁に土砂崩れも起こる。こうした不安定な足場は、黄土高原を長く、そして今でも交通不便な場所にさせている。

冬は零下20度前後まで下がる。黄土高原の冬は厳しい。年間降水量は400ミリにも満たない乾燥した地域でもある。さらに万里の長城を北へ渡ればそこにはモウソ砂漠が広がる。砂漠化の危険も常に隣り合わせである。

正直、生活には厳しい環境である。それは人間だけではなく他の動植物にとっても同じである。しかし、今からほんの1~2千年前の黄土高原は緑豊かな土地であったという検証もされているように、この大地は本来「豊かな大地」と形容されるべき場所であると私たちは考える。今でもその可能性はなくなっていないと私たちは実地調査を経て確信するようになった。
こうした陝北の自然環境をここで紹介していきたい。

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(近日投稿予定)


  • 黄土高原土壌成分の特徴

  • モウソ砂漠について

  • 樹木の特徴

  • 草花の多様性

  • 乾燥気候と植物

  • 結皮――大地のかさぶた――


陝北文化

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農耕を主体とする漢族と遊牧生活を主体とする北方民族の交流地点とも言える陝北は、長い歴史を通して中原の農耕文化と北方の遊牧文化を融合させた独自の陝北文化をこの地に生み出した。

大地を蹴り出す踊り、腰太鼓、スオナーの音。黄土高原の谷間の地形に適合したヤオトン。羊肉・豆腐、大桧菜をはじめとする陝北伝統料理。これらは将に陝北の特徴を如何なく表現している。


陝北の文化は一言で言えば、黄土高原の厳しい気候風土が作り出した気骨あふれる力強い文化であると言えよう。自然環境のみならず、数々の戦の舞台となった陝北は人々に人生を生き抜くことの難しさを現実問題として示し続けてきた。


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吕静, 2004, 『陕北文化研究』, 上海:学林出版社.
などに詳しい。

  • スオナーの吹き方
  • 楡林文工団
  • 文化と民族

開発

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1980年代に石炭が見つかり、中国のエネルギー資源の重要な供給源となった陝北。西部大開発による建設ラッシュが進む市街地。航空路線・鉄道・高速道路、このような交通インフラが整備されるとともに、携帯電話・インターネットをはじめとする情報インフラへも接続が容易になってきた。今楡林をはじめとする陝北一帯の様相は急ピッチで変化を遂げている。

今当地で行われていることは経済開発である。経済開発とは経済活動がより活発になることを目標とするものである。人・モノ・金の流通の加速に見られるこの方針は20世紀を通して、物質社会と言えるモノの存在を身近にせしめた。さらに21世紀の現代、着実にその中に「情報」も付加され、有形無形問わず世界的な流通ネットワークの中に陝北も組み込まれようとしている。このような、世界がすぐ身近に横たわる時代を生きる私たちは、世界の中での陝北の立ち位置をどのように形成していくべきか、その追究をしていきたいと考えている。明代、辺境防衛の拠点として楡林の街が形成され始めてから長く辺境の地として認識されてきた陝北。辺境がもはや地球上から消えようとしている現代、この陝北も例外ではないのである。

世界と陝北。黄砂が地域・国を超えて飛来するように環境問題を意識するとこの視点は避けては通れない。私たちが知っているように、黄土高原は非常に脆い自然環境をもつ。この弱さは逆に人類と自然との関わりを見つめなおす多くの論点を提供してくれるのである。中華文明の歴史のほぼ全てがこの地域にあると言っても過言ではない黄土高原には、私たちが取り組むべき課題が豊富にそろっている。

そもそも「開発」とは何か。
この論点を自問自答し続けること。それが私たちの活動の全てなのかもしれない。

「開発」とはより豊かな生活を目指した人間、そして自治体・国家の重要な活動である。しかし「より豊かな生活」というものは実にあいまい性に富んでいる。このあいまい性は時に人を盲目にする。人間を中心に据えた経済開発、それによって人間と自然の対立が顕著になったことは言われて久しい。だからと言って我々の活動の主眼はこうした経済開発をやみくもに否定することでも、旧き良き時代を懐古することでもない。より豊かな生活とは何かを実践を通して考察し感じること、さらにその逆を通して開発の原義に立ち返った回復ではなく「快復」活動を進めること、それが我々の共通するイメージである。

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(近日投稿予定)


  • 楡林の歴史

  • エネルギー事情

  • 西部大開発

  • 勤労とコンフリクト