楡林―掛川交流プロジェクトのはじまり

これは一つの思いつきからだった。
現在黄土高原の生態文化回復活動に取り組む富田と兼橋は、同じ掛川出身ということで自分たちが生まれ育った掛川の土地と楡林の土地との違いについて語っていた。海を見たことの無い人がまだたくさんいる楡林、山に木があること・無いことの珍しさから、掛川では見ることのない大地の地平線のことなど自然環境から交通、食べ物にいたるまで、大きな違いは明らかなのだけど、そこで両都市の「居心地のよさ」、という感覚だけは意識を共有したのであった。この居心地のよさをもっと多くの人と共有しながら、この点について考えてみたい。これが「楡林―掛川交流推進プロジェクト」のはじまりだった。

居心地のよさって何だろう、まずこれを言葉で伝えることは可能だろうか。天気がいいとか、人が優しいとか言葉で伝えたってきっとピンとはこないだろう。まずは実際その土地で深呼吸をしてみる。百聞は一見に如かずだ、体で感じることがまず一歩だろう。この感覚の共有をもって、次にその感覚を言葉にしていくのがいいだろう。つまり、楡林と掛川の間に人の往来をつくり、感覚を共有できる土台を作っていくのがまず一歩になるのかな。そんなことを話して私たちのおしゃべりは終わった。


さて、では実際何から出来るだろうか。実際人の往来をつくるにはどういうきっかけを作ればいいだろうか。そこでまた思いつき。

「姉妹都市」がいいんじゃない?


楡林市はまだ海外に姉妹都市をもっていない。彼らは国際交流・そして姉妹都市のこと考えているという話も聞きつける。
そして掛川は、ちょうど富田が帰る機会があり、市長などにも話を聞く機会を作ることができた。しかし、「興味深い話だが今は市内の外国人対応でいっぱいいっぱいで、手が回らないのが現状」という返事。。。行政的な関係構築はまだまだ大変だ。

そこで、また思いつき。

まずは楡林学院を中心にプログラムを考えてみようよ。


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私たちの研究センター(黄土高原生態文化回復センター:CREC)も設置されている楡林学院は今留学生を積極的に受け入れている。高校卒業していれば原則だれでも語学留学することできる。(参照) 
21世紀到来とともに3年制の専科の学校から4年制の本科、いわゆる大学に変わった楡林学院。今キャンパスの拡張整備とともに、大学としての機能、すなわち時代を、地域をリードする人材の育成というビジョンに対し着実に歩みを進めている。ここでの中国語学習を中心に、もっと環境のことや今起こっている現実を「快適に」考える場が作れないだろうか。そのような形を私たちは今模索している、というのが現状である。

ここで唐突に出してみた「環境」という言葉。今流行語にもなっている感があるこの言葉の与える意味を私たちはどれだけ現実に照らしてとらえられているだろうか。私自身まだよく理解できていない。しかし、少なくとも掛川(日本)にいるよりも楡林にいる方がこの言葉を現実に照らして受け止めることができることは確かである。なぜなら、楡林では環境変化は直接人間の「生」に直結しているから。つまり、楡林では自然に対しても社会に対しても人間の活動が引き起こす結果をそこに暮らす人々自ら良くも悪くも享受しやすい状況にあるからだ。それを可能にしているのは一つには自然の脆弱さ、そして程よい地理的閉鎖性を挙げることができそうだ。(この点はまた後日考えてみたい。)

近年の西部大開発、そして中国の経済発展に伴うエネルギー需要により石炭・天然ガスの産地でもある楡林は好景気に沸いている。しかし、その一方で街郊外の農村へ行けば市場経済とはほぼ独立した自給自足的な生活をしている方もまだいっぱいいる。色々な暮らし方をここ楡林では見ることができる。均質な生活環境になってしまった日本では、もはや経験不可能になってしまった生き方の多様性を体感できる楡林は、生きることの意味を問い直すきっかけになると私自身こちらにきて感じるようになった。
掛川市がスローガンに掲げる「生涯学習」という言葉。これは本来死ぬまでずっと習い事をしろという意味ではない。しかし、常にどんなことからも学ぼうとする姿勢:「生涯学習」を実践している大人は実はとても少ないようだ。この生涯学習を楡林で実践できればなぁというのが私たちの理想の一つとして浮かび上がった。


さて、よくよく今の日本と中国の関係を見渡してみて、日本が中国から教わるという状況があまりないというのはおかしくないか。たかだかここ100年ほどの間に作られた先進国と途上国という関係にいつまでもこだわり、日本が先進国というレッテルに安堵し学習機能を停止させ、そのような学習機会を作ろうとしていないのが実体ではないだろうか。つまり学ぼうという意思がそもそもないのである。これはかなり重要な問題だと私は考えている。それは何でも教え諭すのが親の役目だと考え子供の教育を正当化する、子と親の論理となんら変わりない。子供はいずれ大きくなって大人になる。親の知らない世界を子供は知っている場合もある。そもそも親という立場でカンペキな役割を果たせる人などいない。さらに親は次第に体力も衰える。時代は次の世代へと移っていく。それでも親は子に対して、いつまでも親であり続ける。
しかし、国と国・文化と文化の関係は世代という区切りをつけられない。全ては連続している。そこには親も子もない、ただ社会のコンテキストに従ってそれぞれの立場が演じられるだけである。絶対的な親も子も存在しない。謙虚さを忘れ、何でも年の功にすがりつく大人はかっこ悪いように、学習回路を停止させた社会もおごりに満ちてかっこ悪い。このかっこ悪さを払拭したい。そのような中、社会が、個人が生涯学習の態度を貫けるか、この掛川と楡林の交流推進をはかりながら考えていきたい。

(つづく)

※掛川市国際交流のページに私たちのサイトへのリンクが追加されました。(どうぞこれからよろしくお願いします。)
http://lgportal.city.kakegawa.shizuoka.jp/bunka/kokusaika/kokusaikatottpu.jsp


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※実はここまで読まれて感じた方もいるように、私たちのこの活動は掛川でなければならない必然性は無い。しかし、掛川なら繋がる意味があると、掛川出身の富田・兼橋が半ば思いつきで考えたためこのようなプロジェクト名称になっている。楡林(楡林学院)と交流していきたいと考えている他自治体や企業・個人などありましたら、ぜひ一声おかけください。意識ある方を巻き込んで、より意味のある交流プログラムができたらおもしろいと考えています。
kakegawa@crec.org.cn

(兼橋正人)


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