花嫁泥棒

 九月のある朝、僕はバス停にいた。夏の終わりを告げるように降り続いた雨もやみ、雲ひとつ無い空いっぱいに、少し柔らかくなった陽射しが溢れている。爽やかな朝だった。僕は楊家溝から高西溝へ向かおうとしていた。調査は思うように進められずに気分を暗くしていたし、ここ数日間楊家溝に一人で滞在していた寂しさがそれに輪をかけていた。だから、高西溝で調査をしている仲間を訪ねてみたくなったのだった。
 無定河の支流が刻み込んだ谷すじに沿って道が走り、ボロボロの軽ワゴンと、綺麗に塗装されたバスが、楊家溝と米脂県城の間を日に数回往復している。ドライバーの気がむいたときに発車し、乗客が待っている場所で車は停車する。時刻表も停留所もない、加えて雨が降ったら運休するアバウトなシステムだが、それでも車の時刻はおおよそ一定だし、乗客が待つ場所も大体決まっている。一日の総乗客数を最大化しようとするドライバーと、「本当に来るのか?」という不安を抱きながら待つ乗客が形成した緩やかな合意の結果と言えるかも知れない。

 人が立てばそこがバス停という法則に従い、村にある商店の前で僕は車を待っていた。二人の女性が僕と一緒に立っていた。一人は夫が出稼ぎに出ているという女性。彼女は典型的に噂好きな女性だった。それに、僕という外部の人間への態度にはいくらかの悪意が感じられた。ある時には、「中国人に殴られるのが怖くないかい?気をつけなよ。中国人は日本人よりもすごいんだよ」などと言ったりしたほどだ。ハッキリ言えば気まずい関係である。もう一人は帰省中と思われるジャージ姿の女子学生だった。
 やがて軽ワゴンがやって来た。ドライバーは上流の項家溝の人で顔見知りだったので挨拶をして、一応料金を確認する。米脂県城までは四元だ。車は日本でも走っている普通の軽ワゴンで、前後に三列のシートがあり、計八人が座れるようになっている(二-三-三)。僕は八人目の乗客でスライドするドア脇の補助席に腰を下ろした。これは、前回米脂県城から楊家溝へ来る時に乗った車よりよほど幸運な状況だった。というのも、その時は八人乗りの車に都合十五人ほどが乗っていたのだ。後部の列は背もたれのないベンチ式なので、八人ほどが背中合わせに座り、助手席には二人が並び、しかも一人は赤ん坊を膝に抱えていた。それでも収まらない乗客は真ん中の列の足元にある、わずかな隙間を利用して中腰で乗り込むしかなかった。加えて、助手席の窓からスズメバチが飛び込んでくるというハプニングまで重なった。(それを冷静に叩き潰したドライバーには人間的なスケールの大きさを感じる。)

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 だけど、平和はすぐに乱れた。普段は止まらない場所で九人目の乗客が待っており、僕の隣に乗り込んできたのだ。九人目は、意外なことに昨日会ったばかりの人物だった。村の暮らしを観察する目的で、僕は毎日、麻雀などが行なわれる溜まり場に顔をだしていたが、それにも飽きが来ていた。昨日も溜まり場に行ったところ、普段は出稼ぎで村にいない李雄(仮名)という男が非番で遊びに来ていた。僕らは互いに暇を持て余しており、彼の家へ遊びに行くことになった。家には李雄の父親と奥さん、それから犬と猫がいた。李雄は物静かな男で、小さな声で紅棗の白酒漬けを勧めてくれた。辺り一面に並んでいる空っぽの写真立ては何か尋ねると、趣味の木工だと静かに答えた。その出来栄えを褒めると嬉しそうに照れて笑った。僕は小さな写真立て一つを彼から購入し、彼と奥さんのツーショットを撮って帰路に着いた。九人目の乗客は李雄の奥さんだった。

定員オーバー

 車が走り出すと、車内ではお喋りが始まる。この日はジャージの女子学生が李雄の奥さんを質問攻めにしていた。二人はしばらく会っていなかったようで、調子はどうだ?誰それは元気か?どこへ行くんだ?米脂まで何をしに行くんだ?一人で遊びに行くのか?という具合だった。やがて郷政府のある村へ到着し、僕が一緒に乗った二人(気まずい女性と女子学生)は降りた。だが、そこでは二人以上の人間が乗り込み、やっぱりすし詰めで車は再び走り出した。クネクネと曲がる山道を、乗車定員も法定速度も顧客満足度も無視した車に揺られるのは、あまり気持ちが良いものではない。いや、ハッキリと気分が悪くなる。右隣の女性、李雄の奥さんは頭が膝につくぐらいグッタリしていた。声をかけたけど、大丈夫と返事するのもしんどそうだった。かといって、どうしようもない。僕はボンヤリと窓の外を眺めていた。もうすぐ山道を抜けるという時、突然、李雄の奥さんが動いた。右から左に向かって窓ガラスを爪で引っ掻いて、キィキィ音を出そうとしているように見えた。彼女が、横にスライドする窓を開けようとしていることに気付くまで、少し時間がかかった。手に力が入らずに、カサカサとガラスを擦るような動作になっているんだ。これはヤバイ!彼女が窓を開ける理由は一つしか思い浮かばない。窓が開かないまま我慢の限界が来てしまったら、隣に座っている僕も酷い目に遭う事になる。祈りながら僕が手を伸ばし、なんとか窓を開けたその瞬間、彼女は車外に身を乗り出し、それまで我慢していたものをぶちまけた。李雄の奥さんとは米脂県城で別れ、僕は高西溝へ向かった。まさか、その時が彼女と会う最後だと思ってはいなかったけど。


 数日後、僕は楊家溝へ戻った。いつものように溜まり場へ出かけると、色んな人から、米脂へ向かうバスに誰が一緒に乗り合わせたのかを尋ねられた。質問の意図は分からないが、答えない理由は何もなかった。後から、宿泊先の馬さんに、僕が喋り過ぎであることを怒られた。すごい剣幕だった。その理由は李雄の奥さんがどこかへ逃亡したということを聞かされてようやく理解できた。僕が彼女と一緒に米脂まで行ったその時を最後に、彼女の姿は楊家溝から消えたというのである。僕を除けば、李雄の奥さんを最後に目撃したのは、僕のことをあまり良く思わないお喋り好きの女性と、ジャージの女子学生の二人である。二人は奥さんと僕が一緒に米脂まで行ったことを知っている。また、現金も行く宛てもない女性が誰かの助けを必要とするのはそれほど想像に難くない。こうした事実を踏まえて、お喋り好きの女性がどんな噂を発信するか考えれば、僕にとって事態は圧倒的に不利であった。恐らく、花嫁逃亡事件の捜査線上に名前が挙げられたに違いない。人々の凝集力を保つのに「噂」がどのように機能するか、というようなことを考えてこの地に来たが、まさか、自分がこのような形で参与するとは思ってもいなかった。


 それ以降、この件での詮索を受けても「知らない」の一点張りで通すことにしたし、実際に詮索を受けることもそうなかった。それに、ほどなくして帰国したので、その後の顛末などもよく分からないままである。ただ、手元に残った李雄たちのツーショットを観て、すっぱい気分に苛まれている。

(海部岳裕)

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